ある一日・昼の巻②

会社でパソコンに向かいながら、同じようなことを書いたものを
アップする。コピーしたような毎日。でも微妙に違う。
反復の中で少しずつ変化している。
読者にパソコンをやってない人もいるので、
その扱いに就いてはできるだけていねいに記述した。


ある一日 昼の巻②


 彼のデスクの上にはノート型のパソコンが置かれている。二つにたたまれて、銀色の背を見せている。厚さはほんの3センチかそこらだろう。席に着くとすぐ、彼はそのパソコンを上に開く。閉じられていたノートを開く感じに近い。すると、持ち上げられた正面に液晶の画面、デスク側の面にキーボードが現れる。
 電源を入れるとさまざまなソフトが自動的に動き出し、やがてパスワード(暗証)を求めてくる。しばらくは、画面の指示に従わざるをえない。会社の記号を入れ、続いて出てきた画面に自分の記号を打ち込む。すると、そのパソコンはようやく彼専用の「秘書機械」というべきものに変身する。
 彼はまず、秘書に対して郵便物の有無を問う。具体的には到着メールの画面を呼び出して、社外から自分宛に送られた電子メールをチェックする。未読のメールは赤い色に染まっているので、すぐそれとわかる。約40通。そのうち半数は、いわゆるダイレクトメール、勝手に送りつけてくる類の新製品ニュースや広告満載のメールマガジンだ。彼はほとんど機械的にそれらに「削除」のマークをつけてゆく。
 不要なものをまとめてパソコン上のゴミ箱に放り込んだあと、残ったメールを並んだ順に上から開いてゆく。開くとは、その見出しにカーソルをあてて、ダブルクリックすることだ。カーソルとは、画面上を彼の意志に従って移動する矢印のことで、その指示はキーボードの中央手前にある固定マウスでおこなっている。固定マウスというのもおかしな表現だが。
 クリックという行為も、どう説明したらいいだろう。パソコンになにかをしてほしいとき、扉を叩いて知らせるようなものか。一回叩く場合と、二回連続して叩く場合がある。
最初にダブルクリックして開いたメールには、原稿のファイルが添付されていた。それを開いて確認すると、すぐ「保存」の作業をおこなう。パソコンの別の場所に移すのだ。あとでゆっくり目を通す。受信した旨、簡単に返信して、次をクリック。
 続いて開かれたのは、私的なメールらしい。読んで、彼はすぐ返信モードに切り替え、キーボードをたたいて文字を何行か打ち込み、送信。いくつかそれを繰り返した。
 30分ほど画面に集中して、周囲を見回すと、同僚が数人、席について仕事を始めている。その島だけではない、彼と同じフロアに出社してきた者全員が、自分の前のノートパソコンと向き合い、キーボードをたたいている。どうやらこれが、彼のオフィスではごく普通の、午前中の光景らしい。
 そのときケータイがぶるっと震えた。とりあげて受信ボタンを押す。